◎ 会社介入を否定し「労・労対決」に
2013年7月、明治乳業差別事件に都労委が出した命令は「却下・棄却」という不当なものでした。その内容は労働委員会の存立の原点をも踏みにじるものです
明治乳業が労組転ぷくをねらって結成したインフォーマル組織を、労働者による「自主的組織」とし、労使間対立を「労々対決」の図式に描き会社の介入・関与をまったく否定し、明治乳業が行った不当労働行為を免罪しました。
日経連(財界労務部)は、ケネディーライシャワー路線に基づき、たたかう労働組合を潰すため、主な大企業内にインフォーマル組織をつくり、労組を乗っ取り、御用組合に変質させました。
雪印、日立、東芝、新日鉄など、ほとんどの大企業がインフォーマル組織をつくり、まともな労組を潰した行為は、労働委員会や裁判所により不当労働行為と断罪され、それぞれ争議は話し合いで解決しています。
明治乳業争議は明治ホールディングス(浅野茂太郎社長)と傘下の明治が東京高裁などが三回にわたる和解提案を蹴飛ばしたため、長期争議になっています。
その明治乳業争議全国事件の都労委命令が7月9日に発令されました。その命令は、超不当命令、すなわち、明治乳業がまともな労組転覆をねらって結成したインフォーマル組織を否定し、労働者による「自主的組織」とし、労使間対立を「労々対決」の図式に描き会社の不当労働行為を証拠があるにも無視し、明治乳業の犯罪を免罪しました。
明治乳業のインフォーマル組織は、「現代労働組合研究会」のホームページでも紹介されています
以下、「現代労働組合研究会」が「インフォーマル組織の過去・未来」のページをUP(▽2013.11.17)しましたので紹介します。
現代労働組合研究会のHP - インターネット事業団e-kyodo.sakura.ne.jp/roudou/111210roudou-index.htm
UP2013.11.17
〔T〕労働問題研究者が分析したインフォーマル組織の研究
山本潔、『金杉秀信 オーラルヒストリー』、金杉秀信著、大原社会問題研究所雑誌 No.627/2011年1月
山本 潔、「インフォ-マル組織」に関する一考察――甲電気における事例を中心として-2- 、社會科學研究 42(2)、1990年09月30日号、東京大学
山本 潔、「インフォ-マル組織」に関する一考察――甲電気における事例を中心として-1- 、 社会科学研究 42(1)、1990年07月、東京大学
山本潔、「大企業の労資関係──“フォーマル”機構・“インフォーマル”組織──」(山本潔『論文集「労資関係・生産構造」』2000年、ノンブル社所収)
芹澤寿良、1960年代の「八幡製鉄所のインフォーマルグループ」の育成文書〈高知短期大学「社会科学論集」99号、2011年11月〉
高橋祐吉、『企業社会と労働組合』「第3章 インフォーマル組織による組合支配構造の分析」、労働科学研究所、1989年。[原題「労働組合運動のガン=インフォーマル組織とどうたたかうか――その支配構造と克服の展望」、高橋祐吉、『日本の労働組合運動 5 労働組合組織論』大月書店刊 1985年]。
▽13/11/18
アンドルー・ゴードン著、二村一夫訳 『日本労使関係史〜1853-2010』(元法政大学大原社会問題研究所所長・法政大学名誉教授)の「第11章 日本型労使関係のヘゲモニー」(434p-437p)の部分を読んでほしい。(PDF版)
インフォーマル組織は、「裏返しのレーニン主義」の母国であった、書いてある。
「インフォーマル・グループ」とは、共産党の組合内派閥集団である「細胞」をお手本にしてつくられた組合内組織であった。ただし経営側と対立する存在ではなく、会社に支援され会社と協調する集団であった。レーニン主義が政治的に目覚めた前衛分子によって大衆をリードし社会主義革命へと導く戦略であるなら、戦後日本は「鏡の国のアリス」ならぬ「鏡の国のレーニン主義」、 「裏返しのレーニン主義」の母国であった。インフォーマル・グループは、革命とは反対方向へ大衆を導くことを目指した前衛組織である。組合潰しだけがこのお話のすべてではない。インフォーマル・グループに属する者は、採用、昇進、昇給、あるいは仕事の配分、さらには作業長といった監督者への選抜に際し有利な扱いを受けたのである。他方で、戦闘的な活動家は差別的に処遇された。だが日本鋼管だけでなく他社でも、労使関係を安定させ生産性を向上させるには、こうした強硬路線だけでは不十分であった。 1950年代から70年代まで、企業経営者とその同盟者である協調的な労働組合内「会社派」は、従業員の支持獲得の上で大きな成果をあげた。そのための諸方策こそ、ある意味で「日本的労使関係」の核心をなしている。
第1章 60年安保闘争と労働者の運動、三宅明正――日本の社会・労働運動の史的研究、三宅明正 編、2011年、千葉大学大学院、人文社会科学研究科
“インフォーマル・グループについて詳しくは、三宅明正「インフォーマル・グループ小史̶横船「二八会」史料から̶」(『市史研究よこはま』第14 号、2002 年)を参照されたい。なお全造船二八会や電機二九会、私鉄三〇日会、化労研、鉄鋼連絡会など総評や中立労連の単産に組織されたインフォーマル・グループは、みなこの60年安保闘争の時期に、「政治スト反対」を掲げて、民主社会党(民社党)結成と時を併せて発足した。ただし民社党との関係が公然と示されるのは1970年代半ば以降のことで、発足からしばらくの間、これらの組織は○○会として政党色をださずに活動した。”
〔U〕「ある編集者のブログ」で書いてきたもの
インフォーマル組織物語―その1
インフォーマル組織物語―その2
ネッスル日本の経験――インフォーマル組織物語 V
ネッスル日本の労務屋さん――インフォーマル組織物語V―2
会社を破壊した雪印食品DEC――インフォーマル組織物語W
Yさんへ――「インフォーマル組織の過去・未来」のページ・インフォーマル組織物語X
青木慧さんの『ニッポン丸はどこへ行く』――インフォーマル組織物語Y
『ニッポン丸はどこへ行く』が解明したこと――インフォーマル組織物語Y−2
明治乳業のインフォーマル組織がフォーマル組織のTOPへ―インフォーマル組織物語Z
八幡製鉄所のインフォーマルグループ――インフォーマル組織物語[
どこに消えた『サスコミ』グループ――インフォーマル組織物語\
オリンパスもインフォーマル組織が会社乗っ取り――インフォーマル組織物語]
ネッスル日本労組の争議和解
大企業組合としてフォーマル化したインフォーマル組織
〔V〕1980年代に追及したインフォーマル組織
インフォーマル組織――その過去・現在・将来、勝山善介・ジャーナリスト、賃金と社会保障 838号、1982年03月25日号
インフォーマル組織と人間性回復闘争、勝山善介・ジャーナリスト、賃金と社会保障 849号、 1982年09月10日号
『サスコミ』を追う――ある反共労働運動誌を斬る、吉村宗夫・雪印争議団、賃金と社会保障 838号、1982年03月25日号
『サスコミ』を追う(PARTU)――ある反共労働運動誌を斬る、吉村宗夫・雪印争議団、賃金と社会保障 849号、 1982年09月10日号
金属労働戦線におけるインフォーマル組織――[原題:「ねらわれた組合」からの脱出――インフォーマル組織とたたかう、大木兼次郎・金属機械反合インフォーマル対策委員会、賃金と社会保障 879号 1983-12-10
〔W〕労働組合の現場からのインフォーマル組織とのたたかい
ネッスル日本労働組合・同ネッスル日本労働組合霞ケ浦支部、都労委命令書、東京都地方労働委員会、会長 古山宏、昭和59年7月3日
http://web.churoi.go.jp/mei/pdf/m01981.pdf
ネッスル電気主任技術者解任等、昭和63年06月07日 静岡地方裁判http://hanrei.biz/h71315
『東芝扇会(秘密警察)』について、(平成15年8月12日)
http://www.rondan.co.jp/html/mail/0308/030812-2.html
社内秘密組織「扇会」について、東芝府中働く者ネットワークのページ
http://www.din.or.jp/~okidentt/uenoougi.htm
東芝の喜劇、鎌田慧、週間金曜日、1995年5月12日
http://www.jca.apc.org/ariake/docs/toshiba_kigeki.pdf
東芝扇会の活動(注:インフォーマル組織)、東芝の職場を明るくする会、中央労働委員会(中労委)の命令の要旨、2004.11.4付 (2004.11.30交付)、
http://www.kki.ne.jp/akaruku-tsb/index.html
明治乳業争議を支援する会
http://kotayan.seesaa.net/
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